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福岡地方裁判所 昭和48年(ワ)1280号 判決 1980年2月28日

原告 株式会社丸善商会

被告 国

代理人 山口英尚 草野幸信 ほか六名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一億円及びこれに対する昭和四八年一〇月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、長崎市内に本店を置き、ガソリン、石油製品等の販売業を営む法人であるが、昭和四二年五月三一日、所轄の長崎税務署長氷室秀春(以下原処分庁という。)に対し、昭和四一年四月一日から同四二年三月三一日までの昭和四一事業年度分法人所得について、次の内容の確定申告を行なつた。

課税標準 金五七万六、七三九円

法人税額 金一六万一、四七六円

還付税額 金 一万五、一〇九円

控除税額 金一七万七、三七七円

2  ところが、原処分庁は、昭和四一年三月二九日付で訴外芙蓉興発株式会社(以下芙蓉興発という。)との間に締結された公有水面埋立権等の売買契約及び埋立工事等の請負契約(その契約書上の内容の要旨は別紙目録記載のとおり―以下本件契約という。)は原告名義で締結されているから、右契約による収入金額は原告に帰属すべきであるとし、原告が右金員のうち金五、〇〇〇万円についてこれを原告の帳簿に記載せず益金の一部除外等の利益隠蔽行為をなしたとして、原告に対し、左記(一)ないし(三)の各処分(以下原処分という。)をした。

(一) 昭和四三年六月二一日付で、青色申告の承認の取消し処分(法人税法一二七条一項三号該当)。

(二) 同月二六日付で、法人税額等の更正及び加算税の賦課決定処分。

(1) 更正額

所得金額    金五、九一七万九、三六二円

法人税額    金二、〇三二万五、二〇〇円

還付税額    金    一万五、一〇九円

納付法人税額  金二、〇三四万〇、三〇〇円

(2) 加算税の賦課

重加算税    金  五七二万九、四〇〇円

過少申告加算税 金    二万三、六〇〇円

(三) 右同日付で、源泉所得税計金二、七二四万七、二三〇円の納税告知及び不納付加算税計金二七二万四、六〇〇円の賦課決定処分。(右は、前記計上洩れの益金を原告会社代表者の小原勝雄が取得したものとし、原告が同人に支給した賞与と認定したことによる。)

3  そして、原告が右2、の(二)、(三)による法人税、源泉所得税等を指定された納期限に納付しなかつたので、原処分庁は、右滞納国税を徴収するため、滞納処分として、昭和四三年七月八日、原告所有の不動産及び電話加入権を差し押えるとともに、訴外諫早、島原、佐世保及び武雄各税務署長に対し滞納処分の引継ぎをし、諫早、島原及び佐世保各税務署長は同月八日、武雄税務署長は同月九日、それぞれ原告所有の不動産及び電話加入権を差し押えた。

4  原告は、右原処分について、本件契約は原告会社代表者小原勝雄(以下小原という。)個人が芙蓉興発となしたものであり、したがつて本件契約に基づく収入金額は原告会社に帰属すべきではない旨を主張して、昭和四三年七月五日原処分庁に異議の申立てをしたが、同年八月一三日付で右申立てを棄却されたので、更に同年九月三日福岡国税局長に対し審査請求をしたところ、その後右審査事務を引き継いだ国税不服審判所長(以下裁決庁という。)は、昭和四五年一〇月五日付で、原処分の全部を取り消す旨の裁決をした。

右裁決の理由は、

(一) 原処分中、青色申告承認の取消(前記2、の(一)の処分)については、本件契約によつて生ずる収入金額は小原個人に帰属すべきものであり、原告には、原処分庁認定のような法人の仮装又は隠蔽の事実がないから、右処分は取消しを相当とする、というもの、

(二) 原処分中、法人税等の更正及び加算税の賦課決定(前記2、の(二)の処分)については、右青色申告承認取消処分の取消しに伴い、原処分はその通知書に更正の理由付記を欠く違法な処分となるから取消しを相当とする、というもの、

(三) 原処分中、源泉所得税の納税告知及び加算税の賦課決定(前記2、の(三)の処分)については、本処分は、右法人税等の更正処分によつて派生的に生じた利益処分による賞与を課税対象としていたので、右更正処分の取消しに伴い、これを取り消すべきである、というものである。

5  右裁決がなされたことに伴い、福岡国税局長(原処分庁から徴収の引継ぎを受けていた)は、同年一〇月三一日、原告の財産についての前記差押えを解除した。

6  右のとおりで、本件原処分並びにこれを前提とする前記差押処分は、結局いずれも違法なものというべきであるが右は被告の公務員である長崎税務署長氷室秀春(原処分庁)が、その職務を行なうについて、過失により納税義務者を誤つてなしたものである。

すなわち、原告及びその代表者小原は、本件原処分を受ける前から、終始一貫して、原処分庁に対し、

(一) 本件契約は、小原が便宜的に契約書面上原告の名前を当事者として使つたものにすぎないこと、

(二) 本件契約における土地の取得資金はもちろん、埋立工事一切の経費等すべて小原の支出によるもので、原告の経理とは別個独立に処理されていること、

(三) 原告は土地の取得及び売却並びに埋立工事一切について何ら関係しておらず、原告の帳簿面からも原告が本件契約の当事者と認定される資料は全くなく、また原告の従業員もこれには全然関与していないこと、

(四) もつぱら小原が個人の資格によつて本件契約をしたこと、

など具体的な事実資料をあげて、本件契約の当事者が原告ではなく小原個人であることを繰り返し説明し、小原に課税すべきものであると極力主張したにもかかわらず、原処分庁は、これを原告の単なる弁解にすぎないものとして調査を尽すことなく、本件契約の書面上の当事者がたまたま原告名義になつているという単純な事実のみをとらえ、あえて本件原処分並びに差押えを断行したのである。

よつて、被告は、国家賠償法一条一項により、右違法な処分によつて原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

7  (原告の損害)

原告会社は、本件原処分を受ける前までは、人的、物的構成も均衡がとれ、また金融事情も極めて円滑で社会的信用力も強く、事業も逐年好調な上昇線をたどり、何ら不振を招く要因はなかつた。

しかるに、本件原処分並びに差押処分を受けたことにより、原告の信用が低下し、そのため、取引金融機関からの融資は、新規については拒絶され、既契約分も減額されるに至りまた事業の継続上やむを得ず本件違法な処分によつて賦課された法人税等の一部一、八八七万円余の納付を強いられ、高金利の融資に手を出さざるを得ないこととなつたため、原告の資金繰りは極度にひつ迫し、従業員給与の支払、商品仕入れの資金手当等も満足に出来ない状態になり、倒産寸前に陥つた。

その結果、古くから入社していた有能な従業員を含め多数の従業員が退職し、また原告所有及び原告の子会社所有の土地、給油スタンド等の売却による資金繰りを余儀なくされたため、業界全体が業績向上に喜んでいた頃、原告の業績の伸びは同業他社に比べはるかに低下し、殆ど零、又はそれ以下になつた。

以上のような信用毀損を原因として原告に生じた損害の主要なものは次のとおりである。

(一) 業績悪化による損害

昭和四三年度から同四五年度(昭和四三年四月一日から同四六年三月三一日まで)の原告会社の販売実績は計金一〇億四、八四九万〇、八三二円であるところ、原告の営業区域である長崎県全県下における同業種の昭和四三年度の販売伸び率(前年度比)は一一四パーセント、同四四年度は一二〇パーセント、同四五年度は一一〇パーセントであるから、もし原告が本件各処分を受けず同様の販売伸長率で販売出来たものとすると、原告の昭和四二年度の販売実績は金三億三、八六七万〇、五二九円であるから、昭和四三ないし四五年度間には計金一三億五、九〇一万七、〇九七円の販売が出来た筈である。したがつて、前記現実の販売実績との差額は金三億一、〇五二万六、一六五円となり、平均荒利益は売上げ額の二三パーセント位であるから、原告は結局売上げの減少により金七、一四二万一、〇一七円の得べかりし利益を失つたことになる。

(二) 給油所等売却による損害

原告は、資金繰り悪化のため、左のとおり原告及びその子会社所有の給油所等を急きよ売却することを余儀なくされたが、これらを売却せずに保有していたとすれば昭和四六年九月現在では地価等の上昇で評価額が著しく増加しているから、その評価との差額分計金一億一、六七二万四、二八八円は原告が被つた損害となる。

(1) 肥前山口、同白石給油所(原告所有)

(イ) 売却日  昭和四三年九月

(ロ) 売却価額 金二、五〇〇万円

(ハ) 昭和四六年九月の評価額 金六、五一四万八、八六八円

(ニ) 差額   金四、〇一四万八、八六八円

(2) 福岡市名島、同大学通り給油所(博多オイル株式会社所有)

(イ) 売却日  昭和四三年九月

(ロ) 売却価額 金一、五〇〇万円

(ハ) 昭和四六年九月の評価額 金五、五八七万三、四二〇円

(ニ) 差額   金四、〇八七万三、四二〇円

(3) 長崎市坂本町所在ゴルフセンター用地六、五一三坪(丸善産業開発株式会社所有)

(イ) 売却日  昭和四四年八月

(ロ) 売却価額 金二億五、七三八万三、〇〇〇円

(ハ) 昭和四六年九月の評価額 金二億九、三〇八万五、〇〇〇円

(ニ) 差額   金三、五七〇万二、〇〇〇円

右のほか、退職者続出による従業員募集のための経費、市中金融業者に対する高金利支払による損害などを含めると、原告の損害は金二億数千万円に達する。

8  よつて、被告に対し、損害賠償として、右損害のうち金一億円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四八年一〇月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4は認める。

2  同5も認める。なお、福岡国税局長は、昭和四三年一〇月一三日にも差押えの一部を解除している。

3  同6につき、原告ないし小原が、本件原処分を受ける前にその主張のような説明を原処分庁にしていたこと、及び長崎税務署長氷室秀春(原処分庁)に過失があることは否認する。

4  同7のうち、原告が法人税等の一部納付をしたこと及び原告主張の給油所等が売却されたことは認めるがその余の事実は否認する。仮に原告に何らかの損害を生じたとしても、右損害の発生と本件各処分との間に因果関係はない。

三  被告の反論並びに主張

1  原処分庁が本件各処分をなしたことについては、以下述べるとおり何ら過失はない。

(一) 原処分庁は、昭和四二年中に、「原告代表者の小原は原告会社の土地を売却し、買主と共謀して売却価額を低く仮装したうえ、売却益中金三、〇〇〇万円を原告会社に入れずに着服、脱税している。」旨などを内容とする発信人不明の投書を受領した。

原処分庁は、右投書の内容が具体的であり、かつ金額も多額であることから、原告に対する調査の要否を判断するため、原告及び小原の確定申告の有無、内容、決算書の内容、過去の納税事績等につき、昭和四三年三月一日準備調査をしたところ、原告及び小原の確定申告書、決算書等にはこの点に関して何らの記載もないこと、原告は連年売上高の上昇に比してその申告所得が低いこと、などの事実が判明した結果、原告らにより悪質かつ多額の脱税のなされている疑いが濃厚と認められたので、同日、原告らについて特別調査を実施することを決定した。

(二) (特別調査の実施)

原処分庁は、担当職員らにより次のとおり右特別調査を実施した。

(1) 昭和四三年三月二日、担当官二名は、原告の事務所において、原告従業員らの立会のもとに、原告の現金出納帳及び現金、小切手等の残高、その他現場資料の諸帳簿類とを照合する現況調査を実施した。

(2) 次いで、右担当官らは、同月三、四日原告の諸帳簿、伝票その他の綿密な調査を行なつたところ、右帳簿中に、公有水面埋立権等の売買取引に伴う損益収支が計上されていることを認めたが、その記載が断片的なため実体が不明であつたので、その全容を把握しこれをもつて原告の昭和四一事業年度確定申告の当否判断の一資料とすべく、小原に対し、右埋立権等の取引に関する書類全部の呈示を求めたところ、小原は、譲渡契約書、取締役会議事録、芙蓉興発を相手方とする和解調書(乙第九ないし一一号証)を呈示した。

これらの書面によると、右取引の内容は概略別紙目録記載のとおりであつたので、担当官らは、更に小原に対し、右本件契約の内容の疑問点や履行の経緯等につき説明を求めたが、小原は、質問が資金関係や経理上の処理等に及ぶと、単に金額に誤りはない旨申し述べるのみで、何ら具体的に明確な解答なさず、出張のため調査に応じられないと申し立てたり、多忙を理由に席を外すなど調査回避の行動を示した。

(3) 担当官らは、小原の右のような態度から、本件契約に関する原告会社の帳簿や関係書類の記載内容自体の信憑性に疑問を抱き、その真偽を確認するために反面調査を行なつたところ、

(イ) 本件契約において売買の対象となつた埋立権(以下本件埋立権という。)は、昭和三〇年四月二六日付で長崎県知事により、訴外丸善石油株式会社から原告への譲渡の許可がなされていること、

(ロ) 原告は、昭和三四年八月、長崎県知事に対し、本件埋立権につき設計変更許可の願出をなし、その頃右許可を受け、次いで昭和四一年一二月二七日本件埋立権にかかる埋立工事竣工認可申請をなし、同四二年二月九日付でその認可を受けていること、 が判明し、また、原告の会計帳簿上では本件契約の代金(売買代金及び請負工事代金)として金四、七〇〇万円が仮受金として計上されているが、芙蓉興発の取締役で担当者の訴外高山敬敏につき調査したところ、同人は本件契約の代金として、原告に対し、右のほか金五、〇〇〇万円(合計金九、七〇〇万円)を支払つた旨を申し立てた。(なお、その間、昭和四三年四月初旬頃からは、福岡国税局の特別調査班の応援を求めて調査を進めることになつた。)

(4) そこで、担当官らは、原告事務所を訪れ、小原に対し右高山の申立ての趣旨を告げ、契約書記載の金額以外の金員(いわゆる裏金)の受領の有無等につき質したところ、小原は激昂して、「裏金は貰つていない。どうなつているかはお前達が勝手に調べろ。俺は話さん。質問調査権を持つているから俺が話さなければ告発すればよいではないか。」などと、一切の調査に応じない旨断言した。

(5) よつて、担当官らは、右裏金について小原その他原告関係者から資料を得ることは不可能と判断し、その頃原告による現金預入れの事実の有無、預金口座名義人、金額等につき、長崎市内の全銀行を順次調査したところ、芙蓉興発から原告に支払われたという裏金計金五、〇〇〇万円は、小原美野及び架空人名義で各銀行に分散預入れされていることが判明し、担当官らは、前記高山の申立て事実のほか関係各銀行の入出金の日付、金額、預金口座名義人及び届出印の関連性等から、右裏金計金五、〇〇〇万円は原告の簿外預金に入金されたものと判断した。

(三) 原処分庁は、右特別調査の結果により、本件契約による代金の裏金は原告に帰属すべきものであり、原告には右裏金金五、〇〇〇万円につき益金の除外等の利益隠蔽行為があるものと認定して本件原処分をしたのであるが、原処分庁が、右裏金を原告に帰属すべきものと判断したのは、

(1) 小原は、原処分庁の調査当時、本件埋立権を丸善石油株式会社から譲り受けた旨主張していたが、取得額や資金の出所はもちろん、譲受人自体についても、具体的説明はもとより証拠の提出等も一切行なわず、原処分庁の調査によるも右取得経緯が不明で、この面からそれが小原に帰属することを認定するに足る資料は何ら存しなかつた。

(2) 本件埋立権についてなされた許、認可等の名義人は前記のとおりすべて原告であつた、

(3) 芙蓉興発との間に交された契約書、和解調書による本件埋立権の売主はいずれも原告であり、また、昭和四一年四月五日原告の取締役会において、右売買譲渡の承認をなした旨の取締役会議事録が作成されている、

(4) 小原個人の昭和四一年分所得税の確定申告書には譲渡所得の記載がなく、また同四二年分の申告書によると譲渡所得は金一、四九四万三、〇〇〇円と申告されていて、所得金額が本件契約の契約書記載の代金額と符合しないのみならず、控除項目たる取得経費中には本件埋立権の取得価額が計上されておらず、また前記簿外取引分についてももちろん無申告であつた、

(5) 本件契約の契約書(乙第九号証)に表示されている売買代金額金一、五〇〇万円及び請負代金額金三、一五〇万円は原告会計帳簿に入金が計上されており、また、本件埋立権等の譲渡及び埋立工事によつて生じた損失金八九万三、〇〇〇円を原告の損金として計上、処理していた、

ことなどから、本件契約の当事者は原告であり、したがつて本件契約に基づく収入金額は原告に帰属するものと判断したことによる。

(四) しかして、原処分庁の右判断は、裁決庁によつて否定され、原告主張の如く本件原処分は裁決により取り消されたが、右は、審査請求の段階に至つて原告及び小原らが、本件契約に基づく収入は小原個人に帰属すべきものである旨を積極的に主張、説明し、かつ自ら証拠資料を提出するなどしたため、裁決庁が右主張を一応理由があると認めたことによるものである。

しかし、本件について原処分庁のなした認定、判断は原処分当時においては十分な根拠ないし合理性に基づくものであり、その間に何ら責められるべき過失はない。

原処分が結果として裁決により取り消されても、それは原処分庁と裁決庁の証拠資料の多寡、認定判断の相違によるにすぎず、ことに本件の如く、事案が複雑で、原処分時には原告及び小原ら関係人がその主張を裏付ける何らの証拠資料の提出ないしは説明もなさず、却つて事実を隠蔽するような態度に出て調査に全く非協力であつたが、裁決時に至つては自ら積極的に説明をし、かつ証拠資料を提出する等協力的態度を示した場合、原処分庁で得られる資料には限界があり、原処分庁としては可能な限りの調査を遂げているのであるから、裁決により取り消されたからといつて、原処分庁に過失があつたことにはならない。

2  更に、本件差押処分についていうならば、税務官庁が納付すべき国税の税額を確定する課税手続においてなす処分と、これを徴収するにあたりなすそれとは、別個独立の行政処分とされており、後者にあつては、前提となる賦課処分に重大かつ明白な瑕疵が存し一見して当然無効と認められないかぎり、徴税職員はこれを有効として徴収手続を執行すべき職責を有するのである。したがつて、本件のように、原処分を受けた者からその処分につき不服申立てがなされた場合においても、ただそのことのみをもつて当該処分の効力或いは滞納処分の執行が妨げられることはないのである(国税通則法一〇五条)。

そして、原処分庁は、本件徴収手続においては、法定の手続に従い、しかも原告の要望も十分尊重し、できるかぎり原告に損害を与えないように配慮しつつ適正に滞納処分を実施してきたのであつて、このことは、徴収の引継ぎを受けた福岡国税局長が、原告の申出を裁量により認め、早期に差押の一部解除をしている事実からも推認し得るものである。

要するに、原処分庁その他の処分庁は、有効な原処分の存在を前提に、職責として、適法に本件差押処分等の徴収手続を遂行したのであつて、その過程において、税務職員に対し職務上通常要求されるところの注意義務を欠いた点は見当らず、したがつて何らの過失もない。

3  (過失相殺)

仮に、被告に何らかの損害賠償義務があるとしても、被告は左のとおり過失相殺を主張する。

すなわち、本件原処分等が、本件契約に基づく収益が原告に帰属するとの認定のもとになされたのは、本件埋立権に関する許、認可の名義人がすべて原告となつており、本件契約の当事者も原告であるという外形的事実と、埋立権の右譲渡等に伴う経理上の処理が実質上右外形に副うとしか考えられない態様でなされていたこと、その反面、事案が相当複雑であるのに、原処分庁の調査時原告代表者小原その他の関係人が証拠資料の提出ないしは説明には殆ど応ぜず、却つて事実を隠蔽するが如き態度に出て調査に全く非協力であつたためであることは前述のとおりであつて、このような認定をなさしめるについては原告代表者小原その他の関係人の行為が重要な原因をなしているのであり、これは、本件損害賠償額の算定にあたり斟酌されるべき原告の過失といわざるを得ない。

四  被告の主張に対する原告の認否

右三、3の被告の主張につき、原告に過失があつたとの点は争う。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1ないし5の事実は当事者間に争いがない。

しかして、原処分庁は、本件契約により生ずる収入金額が原告に帰属すべきものと認定、判断し、右判断を前提として本件各原処分をしたのであるところ、裁決庁は、右収入金額は原告会社ではなく小原個人に帰属するものと判断し、これを前提として本件各原処分を取り消したものであるが、この事実並びに弁論の全趣旨によると、右収入金額は小原個人に帰属すると認めるのが相当であり、そうすると、結局、原処分庁は、本件契約による収益の帰属者を誤つて違法に本件原処分をなしたものといわざるを得ない。

そして、原処分庁氷室秀春が被告の公務員であることは被告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

二  そこで、右違法な原処分をなすについて、原処分庁の過失の有無につき検討する。

1  <証拠略>を総合すると、左記(一)ないし(六)の事実を認めることができ、<証拠略>中これに反する部分は採用しない。

(一)  原処分庁は、昭和四二年中に、「原告会社代表者は、長崎市神ノ島町の土地を売却し、買主と共謀して、売却利益金三、〇〇〇万円を税務申告せず着服している。」などを内容とする投書を受領したが、右投書の内容が具体的で、かつ金額も多額であることから、原告に対する調査を進めることとし、昭和四三年二月頃、担当職員により、まず準備調査として原告の法人税申告書類を検討したところ、原告は、年々売上げが伸びているにもかかわらず、申告利益額がそれに伴つていないことが判明し、右事実や、前記投書の内容などから、かなりの額の脱税が想定されたので、同年三月初め、原告につき特別調査(脱税の規模が金額的に多額にのぼる場合、或いは調査が非常に困難である場合などに行なう調査)を開始することにした。

(二)  担当職員らは、同年三月初め、現金、預金、商品などの現況調査に続いて原告会社の帳簿書類の調査をしたが、本件に関係あるものとして、神ノ島町の土地の取引に伴う金員の受入れ、支出が関係帳簿に記載されていた(その内容は、受入れが芙蓉興発から金四、七〇〇万円、訴外川原義夫から金四五〇万円であり、うち金一、四九四万三、〇〇〇円が原告代表者小原へ仮払で支払われたことになつており、また、金三、七四五万円が建設仮勘定で処理され、金八九万三、〇〇〇円が雑損として計上されていた。)ので更にその内容の詳細を把握すべく、小原に対し関係書類の提出を求めたところ、小原は、右取引に関する契約証書(<証拠略>)、和解調書(<証拠略>)、及び原告保有の公有水面埋立権(本件埋立権)の芙蓉興発への譲渡を承認する旨の記載のある取締役会議事録(<証拠略>)を呈示した。右契約証書及び和解調書に記載された合意(本件契約)の概要は別紙目録記載のとおりであり、契約当事者は原告及び小原と芙蓉興発であつた。

担当職員らは、これらの契約書類や原告の帳簿の記載により本件契約の内容を検討したが、

(1) まず、本件埋立権や土地の譲渡代金額が他の取引事例と比較して格段に低いこと、

(2) 本件契約による売買代金額及び請負工事代金額は計金四、六五〇万円であるところ、原告の帳簿記載による芙蓉興発からの受入金額は金四、七〇〇万円であり、若干の相違があること、

(3) また、本件契約では原告及び小原が共同して売主及び請負人となつているため、本件契約から生ずる収入金額がどのような割合で右両名に帰属するのか、前記帳簿の記載のみでは判然としないこと

などの疑問点があつたので、小原や原告関係者に対しこれらの点につき質問したが、同人らは、原告の帳簿の記載に誤りはないと述べるのみで、何ら明確な説明をしようとはしなかつた。

(三)  そこで、担当職員らは、いわゆる反面調査により本件取引の内容を明らかにすべく、本件埋立権の移転関係については長崎県庁の港湾課、原告への支払関係については芙蓉興発の取引銀行につきそれぞれ調査したところ、本件埋立権は昭和三〇年四月二六日付で、長崎県知事により、訴外丸善石油株式会社から原告への譲渡の許可がなされており、また、同四二年二月九日付で、同知事により原告に対し埋立工事の竣工の認可がなされていること、一方、芙蓉興発の取引銀行の当座預金口座から、本件取引の頃計九、〇〇〇万円余の支払がなされていることが判明し、更に、芙蓉興発の代表者高山敬敏につき調査したところ、同人は、本件契約に関し原告に計金九、一〇〇万円余を支払つた旨を申し立てた。

このように、調査が進むにつれ、原告につきかなり多額の脱税の疑いが濃くなつたので、原処分庁は、原告に対する調査につき福岡国税局の応援を求めることにし、昭和四三年四月初め頃からは、福岡国税局より同局法人税課の今石貞三主査ら三名(以下調査官という。)から成る特別調査班が長崎税務署に派遣され、右調査官らが主体となつて以後の調査にあたることになつた。

(四)  右福岡国税局から派遣された調査官らは、原処分庁での前記調査の結果により、本件契約については契約書面上の金額のほかに多額の裏金の授受がなされているものと考え、まず原告代表者の小原に面接して右裏金の授受の有無につき質したところ、小原は「原告の帳簿記載の四、七〇〇万円以外には絶対に貰つていない。どこでも勝手に調べたらよい。」旨激昂した口調で言明し、調査に応じない態度を示した。

そこで、調査官らは、更に右裏金の授受の有無につき裏付けを得るべく反面調査をなすことにし、長崎市内の各銀行について、前記芙蓉興発の口座から支払われた金の流れに関し調査を行なつた結果、原告の帳簿に記載のある金四、七〇〇万円のほかに、計金五、〇〇〇万円が、昭和四二年二月までに、芙蓉興発から、原告の簿外預金と目される第三者或いは架空人名義の預金口座に入金されていることが判明し、また、前記高山敬敏も、改めて合計金九、七〇〇万円を芙蓉興発が本件契約に関し原告に支払つた旨を申し立てた。

このような裏付調査のもとに、調査官らは、再度原告代表者小原に裏金授受の有無を質したが、同人は前同様これを否定するのみであつた。

そこで、調査官らは一応原告に対する調査を打ち切つたが、調査に現れた事実から、本件契約に関し金五、〇〇〇万円が裏金として芙蓉興発から支払われており、右は原告に帰属すべきものという結論を出し、その旨を処分庁に通知した。

(五)  なお、小原は、その後本件原処分に対する審査請求の段階になつて、右金五、〇〇〇万円のうち金一、八〇〇万円は本件契約の裏金として受領したものであることを認めるに至つたが、原処分前の調査段階では前記のように裏金の授受を全面的に否定していたものであり、また本件契約による収入金額が原告ではなく全部小原に帰属する旨を特に積極的に主張したこともない。

また小原個人の昭和四一、四二年度の所得税確定申告書にも、本件裏金による収入はもちろん、本件契約の書面上の金額に符合する収入、支出の記載もなく、このことも調査の結果明らかになつていた。

(六)  原処分庁は、以上の調査の結果並びに福岡国税局の調査官らの意見に鑑み、原告には、本件契約から生じた金五、〇〇〇万円の収入金額の計上洩れがあるものと判断し(なお、小原個人には前示原告会社から仮払された金一、四九四万三、〇〇〇円が帰属すべきものとみた。)、これを前提として本件各原処分をなすに至つたものである。

2  以上の事実によつて考えるに、本件原処分当時において明らかになつていた資料についてみるかぎり、本件埋立権の名義人は原告であつて本件契約の当事者も書面上原告となつていたのであり、また本件契約に伴う収入、支出が原告の帳簿に記載されてこれが原告に帰属するような体裁で処理されており、かつ本件契約の相手方の関係者も右契約による代金(裏金も含め)を原告に支払つた旨申し述べている一方、これが小原個人に帰属すべきものと認めるに足りる格別の資料は存しなかつたのであるから、原処分庁が、本件契約により生じる収入金額(裏金)を原告に帰属するものとした判断は、十分な合理性を有するものとして首肯できるものというべく、したがつて、原処分庁が右判断に基づき本件各原処分をなした点に過失があつたということはできない。

原告は、原告及びその代表者小原らが、原処分庁の調査段階から、本件契約による収入金額が小原個人に帰属することを極力主張していたのに原処分庁はあえてこれを無視した旨主張するけれども、かかる事実を確認するに足りる証拠はない。(かえつて、前示のように、本件は裏金の授受の有無が調査の主眼であつたところ、原告ないし小原は裏金の授受そのものを全面的に否定していたのであるから、その帰属について特に主張すること自体不自然であると思われる。)そして、原告ないし小原は、前記認定のように、特に裏金の授受につき指摘を受けてからは、調査に協力しない態度を表明していたのであるし、一方右裏金が原告の所得に属すると合理的に判断できるだけの資料も得られていたのであるから、かかる状況下で、原処分庁がそれ以上右裏金の帰属主体につき調査を進めなかつたとしても、そのことに過失があつたというわけにもいかない。

また、本件原処分が後に裁決により取り消されたことは、前示争いない事実のとおりであるが、<証拠略>を総合すると、右のように裁決庁による取消しがなされたのは、審査請求の段階に至つて、原告ないし小原が、裏金の授受を認めたうえで、それが小原個人に帰属するものであることを主張し、その裏付けとなる資料等を積極的に提出し説明した結果であることが認められるところ、原処分庁の調査段階では、前示のように、原告ないし小原の非協力的態度によりかかる資料を得ることは容易に望めなかつたのであるから、本件原処分が裁決により取り消されたことをもつて、直ちに原処分庁の判断過程に過失があつたとすることもできず、他に前記認定判断を覆して本件原処分をなすにつき原処分庁に過失があつたことを認めるに足りる証拠はない。

三  次に、本件差押処分について検討するに、右処分は本件原処分中の(二)及び(三)の処分によつて納付すべきものとされた国税の徴収手続としてなされたものであるところ、右差押処分自体に違法の廉があつたことを認め得る証拠はないし、また、仮に、その前提となつた本件原処分の違法が右差押処分に承継されるとしても、本件原処分をなすにつき原処分庁に過失を認め得ないこと前示のとおりであるから、その徴収手続としての右差押処分をなすについてもまた原処分庁に過失があつたといい得ないことは当然である。

四  以上の次第で、原処分庁に過失があつたことを認めることはできないので、その余の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田和夫 網脇和久 林田宗一)

別紙 <略>

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